宮川花子には娘がいるの?画像は?病気は胃がんで現在は?

テレビの中ではいつも元気いっぱいの宮川 大助・花子夫妻

娘の結婚の件である面白い事件を起こしていました。

胃がんとは一体どんな風に闘ったのでしょうか?

宮川花子には娘がいるの?画像は?

DNAは争えない…という話は本当ですね!と思わず思ってしまう程、そっくりな親子

宮川花子さんと娘のさゆみさん

↑の画像、左側の女性が娘のさゆみさんです。

宮川大助花子さんは1976年に結婚し、1978年3月に長女・さゆみさんが誕生します。

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右側の女性が宮川さゆみさん、そして左側の女性が横山やすしさんの次女・木村ひかりさんです。

あまり有名なコンビではありませんが、めちゃくちゃ面白そうな漫才をやってくれそうな予感大!!

一度じっくり見てみたいものです。

さゆみさんは「宮川さゆみ」という芸名で、横山やすしさんの次女・木村ひかりさんと共に漫才コンビ「さゆみ・ひかり」を2000年7月に結成します(むかって右が宮川さゆみさん)。

2007年1月に相方の木村ひかりさんが芸能活動を休業し、コンビ活動を一時休止することになりましたが、翌2008年1月から活動を再開し、現在に至ります。

また、母・宮川花子さん、妹弟子・宮川たま子さんと共に「宮川家の女達」というトリオでも活動をなさっています。

↑の画像、1番右端の女性が妹のたまこさん。

妹さんの方がお父さん似でちょっと外人っぽい雰囲気ですね!!

宮川花子「5億円やるから娘と結婚せい」

姉のさゆみさん、ひょんなことからある恥ずかしい事件に巻き込まれていたことが分かりました。

宮川さゆみ(画像 中央)が宇野に一目惚れ

次の日から仕事急増

大介花子の前説ギャラとして20万円支払われる

宇野、告白されたけど断る

東京のホテルで花子が宇野を脅迫

結婚したら5億円とレクサスをプレゼントすると言われる

↑の画像の男性が宮川さゆみさんが一目惚れしたと思われる男性、お笑い芸人げんき~ずの宇野けんたろうさんです。

確かに一目惚れしたと言われれば、そんなことが起きそうなくらいイケメンな気もします。

でも5億円出す程イケメンか!?とも思ってしまうのは私だけでしょうか…。

「誰がそんなバカな話しますかいな。5億円なんて持ってるわけないやない!」

いくら人気お笑い芸人、宮川 大助・花子であっても5億円をぽんっ渡す程、お金があるとは思えません。

冗談のつもりで、もし結婚したら5億円あげてもいいくらいよ~と言った話が大きくなってしまったのかもしれませんね。

宮川花子の病気の噂について

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一見幸せで元気に見える宮川 大助・花子さんですが、実はお2人とも生死に関わる大きな病気になったことがありました。

夫婦漫才コンビで知られる「宮川大助・花子」の宮川花子(61才)が、胃がんとわかったのは、コンビ結成から10年目の1988年のこと。

花子が33才、大助が38才のとき、長女はまだ小学4年生だった。

「当時はがん告知もなかった時代です。

あれから30年あまり、今は病気や治療に対する考え方や世間の風潮も変わっている。

ある意味私の体験は昔話です」

子供がまだ小学生の時に胃がんが発覚

もし宮川花子さんが告知されていたとしたら…

告知されなかった時よりも、もっと苦しんだ可能性があるかもしれません。

しかし生死に関わるのであれば知っておきたいと思うのも普通の心理ですよね。

一体彼女がどんな風に胃がんと闘ったのでしょうか?

宮川花子は胃がんだったの?

当初「良性ポリープ」だと聞かされ、がんだと知らされたのは、手術して5年も経ってからのこと。

それゆえ、あの時の自分と同じ年代でがんになり、同じように子供がいる小林麻央への思いも大きい。

花子は言う。

「私は正式にがんだという告知は聞いていなかったから、その意味で麻央さんが告知されて公表し、自分と闘っているのは凄いと思います。

病気との闘いはもちろんですが、自己との闘いでしょうね。

他人事じゃなく、がんばって生き抜いてほしいと思います」

小林麻央さんの癌について、応援していた女性はほんとうにたくさんいたはずです。

彼女が他界したことを聞いた時は、日本中が遠い親戚のことにように胸を痛めたのではないかと思います。

同じ経験をした宮川花子さん。

今でも漫才を続けていらっしゃること、本当に強い女性だなと感じます。

宮川花子の胃がんは現在は完治?

一方の大助(66才)は、医師から、花子本人に代わって告知され、それを隠し通した。

当時のことをこう振り返る。

「自分の顔色が蒼白になったのがわかるほどでした。

ぼくも肝臓の数値が悪く“3か月ほど休みなさい”と言われたんですけど、自分の肝臓のことは棚に上げて、1日も休みませんでした

大助が舞台に立ち続けたのは、芸人として人気絶頂で穴をあけられなかったこともあるが、小学生の娘を抱え、決して安定した仕事とはいえない芸能界でなんとか生きて行かなければという必死な思いからだった。

妻の胃がんが心配で、本当は肝臓が危なかったにも関わらず、1日も仕事を休まなかった宮川大助さん。

このご夫婦、本当に相思相愛で素敵です。

不安に追い詰められ、病室を訪れた大助にこんなことを言ったこともある。

私、別れてもええ

こんな体の弱いやつ、嫌やろ。

いつ別れてもええ。もう看病せんでもええで」

そんな花子に大助は、これまでにない大声で怒鳴った。

あほか~っ!見損なうな。

嫁のひとりぐらい病気になったからいうて、それで負けるような、捨てて逃げるような、弱い男と違うぞ!」

そして大助はこう続けた。

「心配すな。絶対元気になる。

がんばらなあかん。本人が負けてどないするんや」

このときの大助の言葉が、退院してからもずっと、花子の支えとなった。

自分が癌になる立場であれば「役に立たないなら分かれて欲しい」と思う気持ち、理解できます。

しかし逆に支える立場になれば、どんなことをしても助けたいと思ってしまうのです。

支え合える相手がいる

やっぱりそのことが1番の薬になるのかもしれませんね。

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