音無美紀子の娘は村井麻友美?乳がんの噂や現在について。

俳優の旦那様子供は2人

幸せなことばかりが起きていそうな音無美紀子さん

実は若い頃に大きな病気を患っていたことが分かりました。

一体彼女はどうやってそれを克服したのでしょうか?

音無美紀子の娘は村井麻友美?

2018年68歳になっても品があってとっても美しい音無美紀子さん

上下白で合わせたコーディネートや眼鏡選びのセンスも抜群です。

村井さんのお父さんは、俳優の村井國男(むらい くにお)さん、お母さんは、
女優の音無美紀子(おとなし みきこ)さんで、村井さんは、2002年、20歳の時、舞台「花よりタンゴ」で女優デビューされると、以降、舞台を中心に活動されています。

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そんな音無美紀子さんには娘さんが1人いらっしゃいます。

↑の画像の女性が娘の村井麻友美さんです。

びっくりするくらいお母さんにそっくりですよね!!

音無美紀子の娘・村井麻友美は結婚してるの?

そんな村井さんの気になる、プライベートですが、ブログを拝見すると、村井さんは独身のようで、交際されている方の情報もありませんでした。

とはいえ、実際は、どなたかいらっしゃるかもしれないので、電撃結婚・・・なんてことも。

女優としてはもちろんですが、村井さんの結婚事情にも注目です!!

お母さんそっくりで色気のある正統派美人な村井麻友美さん。

育ちのいいお嬢様とくれば「結婚して欲しい」というオファーは相当多いのではないかと思いますが…。

36歳になった今もまだ結婚されていないんだそうです!?

これには本当に驚いてしまいました。

音無美紀子は乳がんなの?

音無美紀子さん、実はこどもがまだ幼稚園だった時に、乳がんになっていたことが分かりました。

上の子が幼稚園の年長組だったある時、その園のお友達のお母さま方との雑談のなかで、当時住んでいた世田谷区の乳がん検診の話になりました。

私はそういう事に意識も関心もなかったのですが、ある方が、乳房を手で触ったらシコリを感じたので、病院で検査を受けたらがんとわかり、良性だったので、患部をとるだけの手術ですんだ、という話をしてくれました。

乳腺膿腫とか乳腺腫というものだったらしいのですが、シコリは自分で見付けることができるという話で盛り上がったのです。

自分のおっぱいなんて自分で触ったこと、あんまりないよね、なんて言いながら、お風呂に入ったとき手に石けんをつけてやればいいなどと話がはずみました。

乳がんになったらどうしよう…という不安はあるものの、実際に自分の胸をチェックすることってほとんどないんですよね。

友人との話の中にふと出てきた乳がんのセルフチェック法…。

音無美紀子さんは実際にそれを試してみました。

シコリを見付けた瞬間

その晩、家でお風呂に入ったとき、あ、そうそうと昼間の話を思い出し、教えられたとおりの方法で左胸の内側を触ったところ、シコリを見付けたんです。

やけにごりごり固くて、これがもしか、という程度の軽い感想でした。

すぐ病院に行ったほうがいいと夫に言われましたが、仕事が忙しく、知り合いに産婦人科の先生がいて、仕事場にも近い都心部の診療所を訪ねました。

がんではないですか、との私の問いに、先生は「専門じゃないけど、僕の妻も三年に一回ぐらいこういうシコリができて、そのたびに取ってもらう手術をしている。

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同じようなものかもしれないし、そんなに心配することはないでしょう」と話されました。

私の心配を大きくしないようにという気遣いだったと、今にして思います。

乳がんかもしれないという不安を抱えながら初めて病院を訪れる時、尋常じゃなく胸がドキドキしてしまいます。

そこでズバッっと怖いことを言われてしまうと、その後は頭の中が真っ白になってしまうことも…。

そんなに心配することはないでしょう」と声を掛けた先生の優しさが伝わってきます。

仕事が一段落したら行っていらっしゃいと言って、大学病院への紹介状を書いてくれました。

先生が「大したことないと思うよ」と言ってくれたのを私はいいほうにとり、「やっぱりそうだ、娘の友達のお母さんも良性だったんだし、私も三十代でがんというわけはない」と、全て自分に都合よく解釈しました。

それから、仕事が一段落したらと思いながら、ずるずる大学病院へ行くのを延ばしているうちに、次第に大丈夫、大丈夫という意識のほうが強くなってしまい、二カ月ぐらいたってしまったのです。

夏休みのシーズンとなり、軽井沢に遊びに行って、夫や友達とゴルフを楽しんだ晩に、脇の下が引きつる感覚がありました。

子供を肘を立てて寝かせていたので、それだからかなと思いましたが、引っ張るたびにピッピッと痛かったんです。

それで夫に「筋肉痛かしら、久しぶりにゴルフをやったから」と言ったら、「いや、ちょっとまずいかもしれないよ」って言うのです。

軽井沢を早々に引き揚げて、遅ればせながら紹介状をいただいていた病院に行き、レントゲン撮影などの検査を受け、乳がんとわかったのです。

夫にどう話そうかと思い悩むと玄関に足を踏み入れる勇気が萎えて、家の前の道を何度も往ったり来たりしたのでした。

乳がんだと分かった時、「なぜもっと早く病院に行かなかったのか」とか「これからどうしよう」という気持ちで頭の中がぐるぐるだったことだと思います。

家の前の道を何度も行ったり来たり…想像するだけで胸が痛みます。

音無美紀子の現在について

乳がん発覚後、音無美紀子さんは一体どんな心境になったのでしょうか?

結局、病いと真正面に向き合い、それを癒す大きな力は患者本人の心の持ち方、在り様、或いは意識、哲学、人生観ということになると思うのです。

家族を含めた周囲のサポートの役割りは、患者が病気と前向きに向き合えるような心の状況に誘導する環境づくり、ということにあるのではないでしょうか。

そういう心の領域に一歩踏み出せるよう、背中を押してくれるのは、まわりにいる家族だったり、お医者さまだったりするのですが、その一歩をエイヤッて踏み出せるかどうかは、人生に対する考え方、生きる意思までも包む患者本人の力ということになるのでしょうね。

今、乳がんは増えており、女性には他人事ではありません。

私も経験を生かすべくピンクリボンの運動に関わらせていただいていますが、せっかく早期発見できるマンモグラフィーなどの検診を行政がやってくれています。

早く発見できれば私みたいにつらい思いをしなくてすみます。

また、医学は日進月歩で、私が手術を受けた18年前の医療と、現在とでは抗がん剤や心のケアを含めまったく変わってきています。

音無美紀子さんのメッセージから、とにかく早く発見することが大事だということ!!

そして日々医療は進歩してくれているんだということにとても感謝する気持ちになりました。

早く病院に行くようアドバイスした旦那様、彼の助言が音無美紀子さんの命を救ったのかもしれません。

今、闘病中の患者、ご家族の皆様、希望をもって歩いていただきたいと思います。

何事もない人生もあるでしょう。

しかし壁にぶつかる人生は、より深みが増します。

息子の難病、そして私の乳がんうつ病三つの壁を乗り越えて、私は今、そのように考えているということをメッセージの結語とさせていただきます。

壁にぶつかった時、少しでも楽観的に考えることができるか…。

嫌なことはそう立て続けに起きるものではないと考えられるかどうか…。

できるか、それともできないか…

その差が人生に与える影響はとても大きいようです。

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