ロッキー青木の娘はデヴォン青木、ジェニファー・クラム?遺産について。

BENIHANA創業者のロッキー青木さんの娘さんデヴォン青木さん、ジェニファー・クラムさんら3人の娘さんをご紹介!

ロッキー青木さんが残した遺産についても注目します!

ロッキー青木の娘まとめ

鉄板焼きBENIHANAの創業者のロッキー青木さん

その手腕もスゴイのですが青木ファミリーと呼ばれるようになった真相を解明します。

ロッキー青木さんは3回結婚していて、お子さんは6人いらっしゃいます。

その子供たちの中でも特に娘さんについて注目したいと思います。

ロッキー青木の娘1:デヴォン青木

ロッキー青木さんとドイツ人とイギリス人のハーフで宝石デザイナーのPamela HILBURGERさんとの間に生まれたのがデヴォン青木さんです。

スポンサーリンク

デヴォン青木さんは13歳の時にモデルとして活動を始め、14歳の時にStorm Model Managementと契約しました。

その後、イブ・サンローラン、ラルフ・ローレン、CHANELのショーにも出演し、スーパーモデルの地位を手に入れました。

1998年には若干16歳で、ナオミ・キャンベルさんに代わってヴェルサーチのモデルとなったという輝かし経歴を持っています。

その後は女優としても活躍しています。

2011年1月には妊娠が発覚します。

お相手は2010年に婚約した投資家のジェームズ・ベイリーさん。

2011年6月に息子さんを出産し、2013年に第二子を出産しました。

ロッキー青木の娘2:ジェニファー・クラム

ロッキー青木の娘・ジェニファー・クラムさんはモデルをされています。

米国Playboy誌でヌードを披露したことで話題になりました。

どうしてそこまで話題になったのか?

それは個性とも呼べる「左腕がない」「右腕だけ」のヌード写真だったからです。

ジェニファー・クラムさんは、4歳のときに自動車事故に遭い、左の前腕部から先を失った。

彼女は、五体満足でなくても女性は美しく輝けることを自分の写真で伝えたいと言っている。

こういう勇気のある人が表舞台に出てきてくれることは、同じ思いをしている人にも勇気と希望を与えてくれるでしょう。

ジェニファー・クラムさんは同情ではなく感動を与えてくれました。

普段は左腕に義手をしている

普通は、義手をしていてもデートに支障はないという。

だが、過去に悲しいこともあった。

スポンサーリンク

「私のことを好きになってくれたはずなのに、私の左手が義手だと気づいて去っていった人もいたわ」。

ジェニファー・クラムさんの良さを分かってくれる男性は、去って行った男性の何十倍もいることと思います。

また、Playboyサイトでヌードを披露したことで、こんなことまで評価されました。

彼女はCyberPlayboyサイトでヌードを披露しているわけだが、実際には、人工物(シリコン)を体(胸)に装着しているモデルがうようよしている。

着衣画像を彼女のサイト(下記)で見たところ、彼女は豊胸手術はしてないようだ。

人工美人たちを圧倒するようなモデルに育って欲しいものである。

天然の美しさ、ありのままの姿が受け入れられたのですね。

ロッキー青木の娘3:カナ・グレース・ヌーテンボーン

ここまでロッキー青木さんの娘さんを2人ご紹介してきました。

それぞれの個性を生かしてモデルという厳しい世界でご活躍されていることが分かりました。

そしてもう一人の娘・カナ・グレース・ヌーテンボーンさんに関してなのですが、残念ながら画像しか情報がありませんでした。

他の方々と引けを取らないくらいお綺麗な方ですから、やはり華やかな世界で活躍されているのでしょうか?

どちらにせよ、ロッキー青木さんの莫大な資産でセレブ生活はされているでしょうね。

ロッキー青木の遺産はどうなった?

ロッキー青木さんは2009年に亡くなられました

その後は3人目の奥様・青木恵子さんがBENIHANA of TokyoのCEOに就任しています。

気になるのはロッキー青木さんが残した遺産。

メディアでは「遺産100億円」とまで報道されました。

外国で成功した日本人ということでやっかみや嫉妬もあったロッキー青木さんのことを、周りはこのように思っているようです。

50年前に日本から潜りのような感じで渡米した青年が始めた、「鉄板焼き」程度のレストランが、どうして今では世界に120店舗に拡大して、年間売上300億円もの会社になって継続しているのか不思議である。

店を出したのが、64年。東京五輪の頃だ。

その頃からアメリカのマーケットで成功している企業とは、トヨタかソニーかパナソニックくらいなもんで、ダイエーにしても、西武もリクルートも潰れている。

たかが鉄板焼きなのに、40年を越えた人気商売に、やっぱりこの人の商才というのは、トヨタと同程度と言ったら、笑う人がいるんだろうか?そう思うのだが。

やはりロッキー青木さんは只者ではなかったようです。

日本人が海外で成功した例は少なくはないでしょうが、ことに飲食店は日本でも成功する確率はあまり高いとは言えません。

同じ日本人として、プライベートは派手でしたが、ロッキー青木さんを誇りに思います。

スポンサーリンク