樋口久子には娘がいるの?岡本綾子との仲や対談について。

今回は、樋口久子さんについて調べてみました。

樋口久子について

生年月日 1945年10月13日(72歳)

出身地  埼玉県川越市

血液型  O型

樋口久子さんは、元女子プロゴルファーでした。

現在は、プロゴルフ協会相談役をされているそうです。

男女通じてアジア出身選手初のメジャー選手権優勝者。

優勝回数73回は、日本歴代女子最多。日本人初の世界ゴルフ殿堂入り。

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樋口久子さんは、中学生まで陸上競技選手でしたが、実姉が働いていたゴルフ場で中村寅吉さんのことを知ってゴルフに関心を持たれたそうです。

卒業後に、中村さんに弟子入りをし、ゴルフ場のスタッフとして働き下積み生活を送られていたそうです。

そんな若い頃からゴルフに興味を持たれたんですね。

そして、めでたく1967年に第1期女子プロテストに合格し、日本初の女子プロなったそうです。

樋口久子には娘がいるの?

樋口久子さんは27歳の時、顔見知りだったプロゴルファーの松井功さんと結婚されました。

その後、樋口久子さんは仕事が忙しくスレ違いの生活になり、そんな時に流産してしまったんそうです。

思い悩み離婚を決意、結婚生活は10年ほどで終ってしまいました。

険悪になって離婚したわけではないので、今もお互いに普通に会話しているといいます。

プロゴルフ協会の仕事の関係などで結構会う機会も多いようです。

そして、樋口さんは1985年に「オフィス・チャコ」の社長の大塚克史さんとゴルフコンペで知り合い再婚されました。

その3年後の1988年に長女の久仁子さんを42歳と高齢出産でされました

通算70勝の記録が出た後に妊娠したことがわかったようです。

幼い頃の娘には家を出るたびに泣かれ、足にすがりつかれたこともありました。

後ろ髪を引かれる思いで、家族やベビーシッターに預けてコースへ向かいました。

元気な声が聞きたくて1日に何度もかけましたが、娘は大きくなるにつれて電話口に出てくれない回数が少しずつ増えていきました。

小学5、6年生のころ「一緒にゴルフをやらない」と誘ったら、「私と同じ(寂しさを味わう)子供ができるのは嫌だから、やらない」と断られたのはショックでした。

今は、久仁子さんと一緒にゴルフをする仲の良い親子だそうです。

樋口久子と岡本綾子の仲について

岡本綾子さんは広島県の農家に生まれで、家業を手伝いながら足腰を鍛え大和紡績福井工場に就職後、ソフトボール部でエース兼4番打者として活躍しました。

そして和歌山国体で優勝し、祝勝旅行のハワイでゴルフ場を見学したとき、「ゴルフを通じて憧れだったアメリカに行ける」と思ったことをきっかけにゴルフを始めたそうです。

岡本綾子さんは、戦績は国内ゴルフツアー44勝、米女子ゴルフツアー17勝、欧州ゴルフツアー1勝、通算62勝と成績を収めたそうです。

そういえば岡本綾子さんと樋口久子さんって不仲説がささやかれてますが本当は仲がいいんでしょうか

樋口久子と岡本綾子には確執があるの?

お二人が活躍されている当時、トップクラスで戦っている二人に対し、マスコミや世間から確執があるのではとささやかれていました。

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岡本綾子さんの著書には、その頃のことを書いています。

「プロ初優勝は(1975年)11月15日、美津濃トーナメント〈千葉〉である。

私は樋口久子さん、大迫たつ子さんと最終組でプレーした。

その試合はギャラリーもロープ内に入れ、ケガで欠場した小林法子さんが樋口さん、大迫さんと並んで、私の5、6歩先を歩いていた。

すると樋口さんが聞こえよがしに、2人に『岡本って、飛ぶ、飛ぶと言われるけど(大迫)たっちゃんより飛ばないじゃん』。

これも駆け引きの一つなのだろうが、ちょっとびっくりした。」

「ホールアウト後、『握手するところを撮らせて』と言われたが、樋口さんはカメラマンに向かって『嫌よ、なんで握手しなきゃいけないのよ』。

結局、握手を交わすのだが、あの言葉は強く印象に残っている。」

「(77年4月、ワールドレディスの18番で)私はアプローチを1メートルほどに寄せパー、樋口さんは3パットのボギーだ。

樋口さんがパーパットを外して優勝が決まった瞬間、私は思わずガッツポーズをした。

ところが翌日の新聞に写真が載ると非難囂々。

『人のミスを喜んで』とプロ仲間やマスコミにたたかれた。

・・・弁解するとよからぬ方向に行きそうだから、傷ついたけどぐっと我慢。

(それ以降)私は余計に喜怒哀楽を出さないように心がけた。」

当時のピリピリとした雰囲気が伝わってきますね。

女子プロの世界は、いわゆる古参の者が若手をいじめると言った世界だったようです。

しかし、勝負の世界ではプライドのぶつかり合い、当人たちは純粋にライバルとしてぶつかり合ってただけかもしれないですね。

樋口久子と岡本綾子が対談?

2016年2月28日放送のテレビ東京系『初公開!波瀾万丈の半生記…樋口久子メジャー制覇の舞台裏&岡本綾子と初対談!!』で、不仲説、握手拒否事件について2人が語っているそうです。

対談内容1
握手事件について、「強烈だったけど、今はいい思い出。

あの時に私もあれぐらい強くならないといけない。

あれぐらいやるようじゃないといろいろなことが跳ね返せない」と思ったと言っている。

対談内容2
当時は「2人が立って話しているのをカメラに収められるのが嫌だった」と岡本さん。

樋口さんも「常にケンカしているように面白おかしく書き立てたれられた。

2人はそんな風に思ってない。

あの時代は試合中に白い歯を見せると批判されたので、笑い合うなど考えられなかった」と話している。

なるほど!そういう理由があったのですね!

対談内容3
1996年、樋口がLPGA会長に就任すると、副会長として支えていた岡本が突然辞任。

その時にも不仲説がささやかれた。

樋口さんは「私の後はあなたが会長をやるとみんな思っている」と辞表を突き返したそうです。

岡本さんは当時、重い病気を患っていたらしいのですが、樋口さんには、そのことを言わなかったようです。

病気のことを伝えて心配をされたくなかったんでしょうか?

それとも、弱味を握られたくなかったのか・・・。

スポーツ界では、強ければ強いほど面白おかしく不仲説を作られたりするので、ただ純粋に競技に目を向けてほしいですよね。

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