俳優の風見しんごさんは、1994年に女優の荒井晶子さんと結婚しました。今回は、風見しんごさんの娘さんについてまとめていきます。
目次
風見しんごの長女は木下えみる
出典:https://twitter.com/
風見しんごさんと奥様の尚子さんは1994年に結婚しました。
そして、1996年に長女が誕生します。
その名も、「えみる」ちゃん。
「笑顔が満ちる子になってほしい」という願いを込めてつけられました。
えみるちゃんの顔画像がコチラ。
出典:https://www.asahi.com/articles/ASK2R52SKK2RUUPI004.html
名前通り笑顔が素敵な、えみるちゃんです。
長女は交通事故で死亡
出典:https://twitter.com/
2007年、風見しんごさんの娘・えみるちゃんがトラックに跳ねられて亡くなりました。
当時10歳でした。
事故現場となったのは、風見しんごさんの自宅からわずか100mの距離の横断歩道でした。えみるちゃんはすぐに病院に搬送されたのですが、1時間30分後息を引き取りました。
事故の場所・現場はどこ?
出典:https://twitter.com/
先ほどと重複してしまいますが、今一度、風見しんごさんの娘・えみるちゃんの事故の場所についてもう少し詳しい場所をお話しします。
えみるちゃんが交通事故に遭った場所は、東京都世田谷区中町4丁目の都立園芸高裏交差点でした。その後、えみるちゃんは頭蓋低骨折で死亡しました。
事故状況
出典:https://twitter.com/
えみるちゃんが事故に遭ったのは、通学中のことでした。いつもの横断歩道を渡っている途中で2トントラックにはねられたそうです。
もちろん信号は青信号だったので、トラック側の過失です。
えみるちゃんが事故に遭ったことを、近所の人から知らされた風見しんごさんは、えみるちゃんが痛がって泣いているのでは…と思いながら事故現場にかけつけました。
しかし、風見しんごさんが見たえみるちゃんの姿は、足があらぬ方向に曲がり、タイヤが腰あたりまで乗り上げていたとのこと。
その後、病院に搬送されたえみるちゃんは死亡が確認されました。
風見しんごさんは「うちの子には何の非もないのに、なんでこんなことになるのか。なんでこんなことに…」と、ショックで泣き崩れていたそうです。
風見しんごさんのご心痛は計り知れなかったと思います。子供が親より先に死ぬことほど親不孝なことはありません。
犯人のトラック運転手は加藤雅也
出典:https://twitter.com/
えみるちゃんを跳ねたトラックを運転していた人物の名前は『加藤雅也』というそうです。2007年当時は会社員で当時23歳だったとのこと。
しかし、事故当時の報道には名前が出ていなかったそうです。
事故の犯人は花王の社員?佐川急便とも噂
出典:https://twitter.com/
えみるちゃんを跳ねた加藤雅也の会社は「花王ロジスティクス」で、花王製品の配送を担当していたトラック運転手という見方が強まりました。
その一方で佐川急便のトラックだったとの情報もありました。その後の調べで、「花王ロジスティクス」の社員だということが分かりました。
この加藤雅也ですが、えみるちゃんをはねた後、救急車を呼ぶ前に真っ先に会社に連絡していたそうです。
その上、会社側が責任逃れをするかのように「配送ルートは会社で決めていない」と発言し、非難が殺到したとのこと。
先日も元モー娘。の吉澤ひとみさんが交通事故を起こし、その画像が公開されましたが、運転手は気が動転してしまうのでしょう。
それでも、やはり死に至らしめるほどの衝撃を平気で見過ごすその神経を疑います。
事故の判決はどうなった?
出典:https://twitter.com/
えみるちゃんを跳ねたトラック運転手・加藤雅也には、禁固2年(求刑禁固3年)の実刑判決が下されました。
ですが、刑が軽すぎると非難が殺到したのです。
そして、この事故では先ほどの名前もそうですが、詳しい情報がほとんど報道されないという理不尽な事態が起こったのです。
そこには、こんな裏事情がありました。
会社が花王の下請け会社の配送車、花王ロジスティクスだったからではないか?という話が持ち上がっています。
花王はマスコミにとって大スポンサーなので、会社に関する情報がほとんど報道されなかったのではないかと言われているのです。
ご機嫌取りしか頭にないマスコミのやりそうなことです。
でも、家族にとっては真実が知りたいのです。
人を一人殺したという点では、例え交通事故だったとしても、トラックを運転していた加藤雅也は殺人を犯したと同等の罪になるはずです。
なのに、禁固2年とは、、、遺族をバカにしているとしか思えません。
しかし、亡くなったえみるちゃんは喧嘩嫌いでした。
そんなこともあってなのか、風見しんごさんや家族は加害者への気持ちを一切語ることなく、ただただ最後までえみるちゃんを思いながら葬儀をされたそうです。
えみるちゃんを静かに穏やかに送ってあげたかったのですね。
長女が2007年放送の「24時間テレビ」に映っていた?
出典:https://toyokeizai.net/
2007年放送の24時間テレビで、モーニング娘。が「でっかい宇宙に愛がある」を歌った時に、後ろの映像に風見しんごさんとえみるちゃんの画像が写りました。
風見しんごさんはえみるちゃん亡き後、全国各地で交通事故や命の尊さ、大切さをボランティアで講演していて、そんな風見しんごさんにモーニング娘。が、応援歌として捧げたそうです。
長女の葬式
出典:https://toyokeizai.net/
えみるちゃんの葬式は、2007年1月17日に都内の公益社用賀会館で営まれました。風見しんごさんの師匠にあたる萩本欽一も出席し、「俺つらい…」と言葉を失っていたとのこと。
そんな中、風見しんごさんは参列者らに何とか気丈な振る舞いを見せていたそうですが、棺に花を納める時に、えみるちゃんの遺体を抱きしめながら号泣していたそうです。
棺のふたが閉じられた後、風見しんごさんはそのまま泣き崩れ、会場からはおえつが漏れていたようです。
風見しんごさんの喪主あいさつでは…
- 「(事故を起こした)トラックの下から出た時は血だらけでぐったりしていました。それでも病院に着いた時にもう一度心臓を動かしてくれました。本当に強い子でした」
- 「アクセルを踏む時、道を渡る時、ちょっとでもいいから、えみるのことを思い出してやってください」
と言っていたとのこと。
風見しんごさんの見た目はかなり、やつれていたそうです。
風見しんごの次女はふみね
出典:https://twitter.com/
最愛の娘さんを失った風見しんごさんの唯一の救いとなったのは、やはり次女のふみねさんの存在ではないでしょうか?
風見しんごさんの次女ふみねさんはえみるちゃんとは7歳年が離れています。ですから、えみるちゃんの事故の時は3歳だったので、あまり覚えていないかもしれませんね。
ふみねの年齢
出典:https://toyokeizai.net/
次女のふみねさんは2003年に誕生したので、2022年現在は19歳ということになります。
ふみねがかわいいと話題!
風見しんごさんの次女・ふみねさんが可愛いと言われていますので、画像を載せたいと思います。
出典:https://geitopi.com
確かに可愛いです!
お父さんは元アイドル。お母さんは元ミス日本。いいとこどりです。14歳の時の写真ですが、大人っぽいですね。
ふみねさんはえみるちゃんが事故死した当時3歳でした。
えみるちゃんが亡くなった後、幼かったふみねちゃんは精神的に不安定になっていたようで、近所の人に名前を聞かれても「ふみね」ではなく「えみる」と答えていたとのこと。
その理由は、えみるちゃんが亡くなってから、風見しんごさんと奥さんが悲しんでいるのを見て、自分がえみるちゃんになれば悲しまなくなると思っていたからだそうです。
ふみねさん自身もお父さんとお母さんに笑顔が戻ってほしいと思っていたのですね。
幼いながらも何とかしようと懸命だったのです。
ふみねは現在、アメリカで舞台女優を目指している?
出典:https://twitter.com/
風見しんごさんの奥様とふみねさんは、現在アメリカで生活しています。ですから、風見しんごさんとは別々に暮らしているということですね。
ふみねさんはアメリカ・オレンジカウンティの高校に進学しました。
実は、ふみねさんがアメリカの高校を選んだ理由は、萩本欽一さんにアドバイスをされたからだそうです。
長女のえみるちゃんが亡くなった2週間後、明治座の舞台に風見しんごさんは出演していました。
もちろん長女を亡くした風見しんごさんの悲しみはまだ続いており、楽屋では重い空気が漂っていましたが、当時3歳だったふみねさんがムードメーカーになっていたそうです。
その時に親子で萩本欽一に挨拶に行った際に、ふみねさんが「舞台に出たい」と言うと、萩本欽一さんは「これからは英語が話せないとダメな時代がくる」とアドバイスをしたとのこと。
風見しんごさんの恩師でもある萩本欽一さんのアドバイスはふみねさんに行動を起こさせました。
ふみねさんはアメリカで英語を学び、将来は舞台女優を目指しているようです。
風見しんごさんご夫婦にとって、正にふみねさんが希望ですね。