木内みどりに娘がいるの?画像は?木之内みどりとの関係について

子供の頃から行動的、大人になってからはどんどんお洒落になって行く木内みどりさん

彼女の娘さんは一体どんな人なのでしょうか?

木之内みどりさんとの関係は?

彼女が大好きなジョンレノンに関するエピソードとは何なのでしょうか?

木内みどりには娘がいるの?画像は?

小柄に見えがちですが、実は身長は167㎝もある木内みどりさん

私服がめちゃくちゃお洒落かつスタイル抜群の素敵な女性です。

木内さんには娘さんが一人おられます。

黒柳徹子さんのトーク番組 「徹子の部屋」で就職が決まった娘さんが、初月給で、ガラスでできたおちょこをプレゼントしてくれ、さらに、5万円をくれたことを話されていました。

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親孝行な娘さんですね~

ということで、娘さんは、芸能人ではなく、一般の仕事をされているようです♪

手塩に育てた娘が初任給でプレゼントしてくれるなんて…♡

一生大事にしちゃう程愛おしいおちょこになったに違いありません。

木内みどりと木之内みどりの関係について

↑の画像の女性が木之内みどりさんです。

木内みどりさんとはたった一字違いですし、外見もかなり似ているので、これでは多くの人が「どっちがどっち?」と混乱したに違いありません。

昔、アイドルとして活躍した木之内みどりさんと、名前が似ているせいか、よく間違えられるそうです。

お二人を同一人物だと、勘違いされている方も多いようです。

もちろん、まったくの別人で、親戚関係でもないようです。

ちなみに、現在、木之内みどりさんは、俳優の竹中直人さんの奥さんだそうです(^^)
とてもきれいな方ですね♪

ちなみに、↑の画像の女性が若い頃の木内みどりさんです。

最初、池田エライザさんかな?と思いましたが、若い頃の木内みどりさんとはびっくりでした。

とにかく超美人ですね。

そしてめちゃくちゃ木之内みどりさんに似ていますよね!!

木内みどりはチベットと関係がある?

木内さんは、「ノルブリンカ・インスティチュート」の日本代表として、チベット文化、維持、継承を、サポートされているそうです。

この活動を始めたきっかけは、ダライラマ法王が来日するたびに、レセプションの司会を引き受けておられたからだとか。

ミュージシャンの坂本龍一さんと、夫の水野さんと3人でノルブリンカ・ジャパンを設立し、チベットをサポートするお仕事をされているのだそうです。

ちょっとずつ出来ることをやっていく、というスタンスの木内さん。

いきなり大きなことをしようとするのではなく、自分のできる範囲のことからお手伝いする、というのは、ボランティアの基本かもしれませんね。

脱原発活動に、チベットのボランティア活動にと、積極的に社会のために行動をおこされている木内さん。

もう、60歳を過ぎているとは思えないほど、生き生きと輝いておられます♪

見た目やファッションが素敵な人って、生き方も素敵な方が多くいらっしゃいますが…。

木内みどりさんもそのお1人のようです。

無理したり背伸びし過ぎないで一つずつやってみる…とても勉強になるお言葉です。

旦那と政治活動との関係

木内みどりさんは過去、政治家・山本太郎さんの選挙を応援していたことがあります。

彼女はどうして政治に興味を持つようになったのでしょうか?

木内さんは、実業家で政治家の水野誠一さんと結婚されています。

これは、木内さん2度目の結婚で、38歳の時に、当時、西武百貨店常務だった水野さんと結婚されました。

その1年後に水野さんは社長に昇格されたそうなので、当時、木内さんは、
あげまん」と言われたようです。

お二人のなれそめは、残念ながらわかりませんでしたが、お二人とも大の車好きだそうで、ラフェスタミッレミリアという、原宿をスタートし、公道をクラシックカーで1600キロ走るラリーイベントに参加されたり、ヴィンテージカーイベントにも参加されているそうです。

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木内みどりさんの旦那様は議員をされていたことがありました。

きっとその関係、旦那様のお仕事関係やご友人関係が彼女の政治に対する考えを変えていったようです。

父親は生命保険に勤務

父親は生命保険会社に勤務し、支店長として各地を転々。

これに伴い、小学校1年まで名古屋市で育ち、その後約2年おきに千葉県、岐阜県、鹿児島県と移り住む。

このため土地に対する愛着はあまりないという。

中学1年から東京で育った。

劇団四季を経て、『「されどわれらが日々―」より 別れの詩』(1971年、東宝)でデビュー。

その後、テレビドラマ、映画、舞台に多数出演。

犬を飼っている(スタンダードプードル)。

木内みどりバンドを結成していた時期がある。(木内はパーカッション担当)

1983年、CM好感度ランキングで第7位になる。

小さい頃からとにかく色々と環境が変わることが多かった木内みどりさん。

だからこそ、個人個人の個性を重んじて、人がそれぞれ違うことに対し、理解する力や受け入れる器が大きいように感じます。

木内みどりさんの選挙演説や生い立ちを知った後は、人はそれぞれ違って当たり前、全員同じになろうとせずに、おのおのがそれを理解し、受け入れることが大事だと言われているような気がしてなりません。

木内みどりの小さなラジオ

現在木内みどりさんはとっても素敵なラジオ番組をやられているのでご紹介します。

ミュージシャン・細美武士さんとの会では大好きだったジョンレノンについてとても興味深いエピソードを残していました。

15歳の終わり頃。

親戚のおじさんがロンドン出張で買ってきたと一枚のLPレコードをくれた。

「みどりちゃんと同じくらいの女の子たちが熱狂してるんだよ」って。

すぐに、聴いてみた。🎶 Help ! I need somebody 、Help!🎶

「助けて !」と叫ぶ音楽にガツンとやられた!

このとき以来わたしはビートルズ狂いとなり、すべてのレコードを買い、LGB. Let’s Go Beatles というファンクラブ会員になり、1966年6月29日来日したビートルズを追いかけ、ヒルトンホテルに入り込もうとタクシーの運転手さんに頼んで後ろのトランクに乗せてと交渉したり、ホテルと演奏会場・武道館の走行ルートにビートルズを乗せた車が走るのをひと目見ようと行ったり、もちろん、武道館にも行きました。

気絶こそしなかったけれど、叫びまくり陶酔してた。

映画「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」は今までに30回以上、「Help !」も同じくらい観てる。

ファンに何が魅力か語らせようと企画した人に声をかけられ「サンデー毎日」のビートルズ特集で熱狂するファンのひとりとして匿名座談会にも登場してしまった。

大人になるにつれ、興味はJohn Lennon に集中していきました。

ジョンレノンがやる事・なす事、言う事・書く事すべてに注目していた。

「30過ぎた大人を信じるな」という言葉を鵜呑みにしてジョン・レノンの言葉を頼りに生きていた。

1980年12月8日。

午後の何時だったか、山手線が下を走っている目黒駅の陸橋に落ちていた号外が目に飛びこんできて、体が凍った。

ーーーーー「ジョン・レノン暗殺される」ーーーーー

大きな大きな活字。

舗道の真ん中で足が動けなくなったまま、思った。

「困る、困る・・・、どう生きていけばいいのか教えてもらえなくなる・・・困る・・・」

その夜は、部屋中にローソクを灯して猫を抱っこしてジョン・レノンの声だけを聴いて過ごした。

世界中のファンがきっと同じことをしていると確信して。

影響を与えた時は違えど、私もジョンレノンから影響を受けたものの1人です。

ジョンレノンは妻のオノヨーコさんと一緒にアパートに帰っていたところ、自宅の前で2発撃たれ、出血多量で死亡します。

犯人はサイコパスと呼ばれ、85歳になったオノヨーコさんを今でも苦しめているそうです。

彼女は今現在も「いつ誰かに襲われるか分からない…ので注意している」とコメントしています。

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