俳優の佐野史郎さんの娘・佐野八雲さんについてまとめました。
画像も大公開!
佐野史郎さんの実家についてもリサーチ。
現在はどうしているのかについても言及しました!
佐野史郎の子供は娘1人のみ。娘の名前は佐野八雲
佐野史郎さんと言えばドラマ「ずっとあなたが好きだった」で、マザコン男性の「冬彦」さんを演じ一躍時の人となりました。
でもそれももう20年以上前のこととなり、今時の若い世代は知らない人が多いかもしれません。
ですが、あの強烈なキャラクターは20数年たった今でも、佐野史郎さんのイメージとして焼き付いています。
そんな佐野史郎さんの私生活については、多くを語られていませんが、佐野史郎さんは結婚もされていて娘さんもいらっしゃいます。
その娘さんの名前が「佐野八雲」さんという、珍しいお名前だということが分かりました。
- 名前:佐野八雲
- 生年月日:1992年
- 職業:アーティスト(木版画家)
- 出身:東京都
- 学歴:多摩美術大学木版画科
「八雲」という名前の由来はこのようなことからきています。
「八雲」という名前の由来について佐野史郎さんは、大好きな作家・小泉八雲さんからとったということを明らかにされていました。
実はこの小泉八雲さんの「八雲」もまた佐野史郎さんご自身の出身地・島根県の古名・出雲にかかる枕詞である「八雲立つ」が由来となっているということから、佐野史郎さんも運命を感じたのではないかと思います。
キラキラネームが流行っている現代において、由緒があり意味の深い名前を名付けられたことは、娘さんにとっても自慢の一つではないでしょうか。
そんな娘さんの画像はないかと探したのですが、八雲さんは一般人ですからなくて当たり前ですよね。
一見、「佐野八雲」なんて、美しい芸名のように感じてしまうので、女優さんをされているのかな?なんて思ってしまいますが、八雲さんは芸能界とは関係ない世界で生きています。
娘・佐野八雲ってどんな人?
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※↑写真一番右の女性が佐野八雲さんです。
佐野八雲さんの職業はアーティストです。 木版画家として活躍しており、舞台美術も手がけることがあるようです。
2016年に上演された『骨風』では、父の佐野史郎さんと母の石川真希さんが出演し、舞台美術には佐野八雲さんの名前も見られました。
両親が役者という環境の中で、自身も芸術の道を選び、家族で同じ舞台を作るというのは本当に素晴らしいことですね。
ちなみに「八雲」という名前は、佐野史郎さんが大好きな作家である小泉八雲さんから取られたそうです。 佐野史郎さんは幼い頃から小泉八雲さんのファンだったとのことです。
佐野八雲さんは多摩美術大学の版画科を卒業後、舞台美術の分野に進んだそうです。
以下の舞台作品の美術を担当したそうです。
- 2016年:舞台「骨風」
- 2018年:舞台「プロヴァンスの庭で」
また、佐野八雲さんは木版画家としても活動しているようです。
佐野八雲さんは芸術の分野で多才に活躍しているようですね。 佐野史郎さんの自宅では、石川真希さんと佐野八雲さんが常に表現について話し合っているそうです。
自宅でも仕事の話が尽きない様子ですね。 佐野史郎さんの長女・八雲さんが結婚しているか、子供がいるかについては調べてみましたが、情報は見つかりませんでした。
佐野史郎と娘・佐野八雲とのエピソード
父親の佐野史郎さんは、娘の八雲さんをどのように育てたのでしょうか?
調査してみましたが、詳細は不明ですが、佐野史郎さんは医者の家庭に生まれ、小学校の卒業文集には探偵小説を執筆し、中学・高校時代には音楽に夢中になり、バンド活動も行っていたようです。
彼の役作りは非常にユニークです。 その独創的なアプローチは、きっと子育てにも影響を与えているのではないでしょうか。
このようなお父さんに育てられた八雲さんも、自由な環境で成長したのかもしれません。 その結果、版画家という道を選んだのもその影響だと思います。
佐野史郎さんが出世作「ずっとあなたが好きだった」に出演したのは、八雲さんが生まれて間もない頃でした。
彼は冬彦さんという特異なマザコン役を演じ、その時「冬彦さん現象」と呼ばれる大ブームを巻き起こしました。
実は、佐野史郎さんは生まれたばかりの八雲さんの泣き声を演技の参考にしていたそうです。
エピソードの一つとして、八雲さんが成長し「ずっとあなたが好きだった」の再放送を見た際、冬彦さんを演じる父の姿に衝撃を受けたという話があります。
佐野史郎さんは「これは仕事だ!」「あくまで仕事でやっているだけだ!」と必死に八雲さんに説明したそうです。 また、八雲さんはパンクロックバンドのファンで、父娘で一緒にライブに行ったこともあるようで、親子の関係はとても良好のようです。
佐野史郎の実家は病院なの?
佐野史郎さんの実家は島根県にあるそうです。
しかも祖父の代から医者の家系で、佐野史郎さんのお父様もお医者さんだということです。
実家は「佐野内科循環器医院」という病院で、現在は佐野史郎さんの弟さんの和也さんが跡を継いでいるようです。
弟さんで5代目院長となる150年続く歴史ある病院だということです。
佐野史郎さん自身は医者になるという意思はなかったようで、島根県立松江南高等学校を卒業後は、上京し中村宏油彩画工房で絵を学んでいました。
佐野史郎さんは意識していないかもしれませんが、やはりお坊ちゃま育ちだったことが分かります。
だって、わざわざ上京したのに絵を習うとは、なかなか親も許さなそうですし、ましてや俳優の道へ進むなんてこと、親は反対しなかったのでしょうか?
まあ、いい家柄特有の余裕というものがあったのかもしれません。
それでも、佐野史郎さんが俳優として売れっ子になるまでには、長い下積み時代がありました。
「ずっとあなたが好きだった」の個性的なキャラクターが受けた時が、やっと一人前になった瞬間だったのではないかと思います。
それ以降は様々な役柄を演じ分けていて、一躍有名俳優の仲間入りを果たしました。
佐野史郎は現在どうしてる?
佐野史郎さんは現在でもバリバリ俳優として活躍しています。
今年は「限界団地」というドラマで、何と連続ドラマ初主演を果たしました。
また、NHK大河ドラマ「西郷どん」でも井伊直弼役で出演しています。
あの「ずっとあなたが好きだった」から26年たった今でも、第一線で活躍しています。
シリアスな役からコメディタッチの役まで幅広く演じ分けられる俳優として重宝されています。
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佐野史郎さんが「冬彦」さん役でブレイクする前の下積み時代には、こんなエピソードがあります。
- 昔『さんまのまんま』のセット準備のバイトをしていた。
- 『夢みるように眠りたい』でヴェネツィア映画祭に招待され、帰国した翌日に同番組のセット設営の仕事が入っており、セットを組みながら「俺、一体何やっているんだろう?」と疑問に思ったそうです。
それでも諦めずに俳優を続けていたからこそ出会えた「冬彦」さん役。
佐野史郎さんなりに役作りをしていたようで、本番でバンバンアドリブを出すので、共演者の賀来千香子さんと野際陽子さんは「カット!」の声がかかると大爆笑してしまうこともあったとか。
決してカッコいい役ではありませんでしたが、少なくとも佐野史郎さんの代表作であり出世作であります。